【みんなで作る、珈琲屋vol.2】「子供が将来コーヒーを当たり前に飲める世界に」自家焙煎コーヒーショップPalms Park Coffee ジョニー
「いまあるコーヒーが自分の子供が大きくなって飲めるコーヒーであってほしい」
こう語るのは、オーガニックコーヒーの自家焙煎コーヒーショップ「Palms Park Coffee」の焙煎士として活動しているジョニーさんです。アメリカでのサードウェーブコーヒーカルチャーに感銘を受け、ミニマムでオーガニックや農薬不使用の生豆を仕入れることにこだわって焙煎を続けています。そんなジョニーさんにコーヒーや焙煎に対するこだわりや森林保護への想いを伺いました。「将来子供がコーヒーを当たり前に飲める世界」いま、私たちにできることを一緒に考えてみましょう。
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略歴
宮城県生まれ
東洋大学インド哲学科卒業
劇団D.P.C.OFFICE副座長
スクラップブッキングアーティストやタロット、紫微斗数占い師としても活躍
1999年 スターバックスコーヒーに入社し、ブラックエプロン3スターホルダー、ストアマネージャー、マネージャーオブクォーター(東京エリア)取得、2012年退社
2012年 カリフォルニア州サンノゼに居住し、その後ロサンゼルスへ引っ越す。ガーデナ市のパティスリーでアルバイトをしながら、カリフォルニアのカフェカルチャーやエシカルなプロダクトに影響を受ける。
2018年 帰国。家事と育児をしながらカフェでパートをするが、グローバルからローカルへ、大量消費から小さな循環型消費へとマインドシフト。
2020年 国分寺カフェ・スローの「森のコーヒープロジェクト」チームに参加。
2022年 オーガニック生豆等を使用した自家焙煎コーヒーショップ「Palms Park Coffee」を立ち上げる。
目次
コーヒーとの関わりで見えてきたものと違和感
北野:まず、自己紹介をお願いします
ジョニー:「Palms Park Coffee」という東京都の国分寺市にある自宅を工房にして自家焙煎をしている焙煎士です。焙煎士のときは私「ジョニー」という名前でやらせていただいております。
当店で取り扱っているコーヒーは、主にオーガニック、フェアトレード、あとは森林農法など地球にやさしいコーヒーをごく少量ずつ丁寧に焙煎しています。
実店舗はもっておらず、オンラインストア、ポップアップ、イベント出演ライブ配信などで主に活動しているコーヒー屋です。
コーヒーとの出会い、エキサイティングな毎日
北野:これまでどういった経緯で焙煎士になったのかキャリアを含めて教えてください。
ジョニー:コーヒーのキャリア自体は長いんですよ。
最初は大学のときにドトールさんでバイトをはじめるというところからスタート。
当時はコーヒーに興味もなくて、とにかく働きたくなかったんです。
でも、やるなら飲食がいいなと思って、カフェのバイトをはじめました。
すると、たくさんのコーヒー豆を取り扱っているので、仕事が楽しくなり、「あれ、コーヒーってちょっとおもしろいね」と気づいてしまったんです。
そのような中、1990年代にアメリカから「某有名な緑色のエプロン」のとんでもないカフェがやってきました。
ニュース番組では、銀座でカフェがオープンするという特集をやっていました。
その番組を見て、「おもしろい」と思い銀座のお店に行ってみたんですよ。
すると、注文の仕方がわからない、価格がものすごく高い、メニューもよくわからない、店員さんがかっこよすぎて質問しづらいなど、とんでもない体験をしました。
やっとコーヒーを買って、ビスコッティも買ったのですが、食べ方もよくわかりませんでした。
「コーヒーに漬けて食べてください」という説明もなかったので、硬いまま食べました。
ホントに打ちのめされて帰ってきたんですが、自分の働いているカフェに戻ると、「すごい体験だったなあ」と頭の片隅にそのカフェのことがあったんです。
ある日チャンスがめぐってきて、私の生活する地域に新店舗ができるため、オープニングスタッフの募集がありました。
オープニングスタッフだったら全員イチからスタートだから、下手くそな人間がいても大丈夫でしょ、と思い入社しました。
面接を受けて、ありがたいことに合格となり、第二のコーヒー人生が始まります。
そこでいままで体験してきた日本的なアルバイトや飲食のイメージすべてが覆されました。
結局、飲食とカフェは楽しいからという理由で選んだのですが、一番大変なところに飛び込んでいったんですよね。
いろんな人と出会い、コーヒーのこともさらに勉強させてもらい自分はそこに11年間いました。
ストアマネージャーもやらせていただいて、すごくエキサイティングな毎日だったんですけれども・・・。
売れ残ったものが人知れずどこかに連れていかれる違和感
ジョニー:当時、そのカフェは戦略的に食べ物を残していました。それがすごく嫌だったんですよ。
「なぜ、捨てるものをあえて発注するってなんだろう。」
15年くらい前になりますが、フードロスについて、いろいろな会議の場で提案しましたが、誰にも相手にされませんでした。
商品の入れ替えペースがすごく早くて、季節ごとにいろんな商品が投入されて、売れ残ったものが引き下げられます。
アウトレットで売られることもありましたが、フードにしてもドリンクにしても、大量につくられて売れ残ったものが人知れずどこかに連れていかれる違和感を感じました。
あとは毎日のゴミ問題です。そのカフェが長野県の軽井沢に出店したとき、半年ほどお手伝いで住み込みに行かせていただきました。
軽井沢はゴミの分別が厳しいんですよ。
「ゴミ分別」という時間があって、30分あげるからゴミ分別のために時間を設けて、手で全部分けていました。
燃えるゴミの中にポーションミルクのプラスチックが1個あるだけでも分別ができていないため、やり直しをさせられるくらい厳しかったです。
でも、東京に戻ってくれば廃棄物の業者さんが持っていってくれるから、ゴミの分別なんてざっくりとしかしません。
いままで、ゴミは私たちからは見えない部分でしたが、「分別されなかったゴミがどうなるのかな」と想いは馳せるようになりました。
そのようなモヤモヤを繰り返して、「なんとかできないか」というのを、常日頃から上の人たちと話合ってきました。
心安らぐサードウェーブカルチャーに魅せられて
サードウェーブカルチャーとの出会い
ジョニー:結婚を期にそれまでいた会社は退職し、夫の仕事の駐在で、アメリカのカリフォルニアに移住しました。
アメリカに渡って6年間住みましたが、初めてサードウェーブコーヒーカルチャーに触れました。
すべての装飾的なものを省いて、本当においしいシングルオリジンのコーヒーやスペシャルティなものを丁寧にハンドドリップで淹れるというカルチャーを目の当たりにして驚きました。
たとえば、倉庫や工場の一角を間借りして、焙煎器をドンと置いた隣にスタンドがあってそこでバリスタがコーヒーを淹れてるという本当にすべてがミニマムだったんですよね。
すべての工程が目に見えるので、すごくショックを受けるわけですよ。
それで「おもしろいな」と思い、カリフォルニアだけではなく、オレゴンやシアトルのいろいろなサードウェーブコーヒーと呼ばれる場所を飲み歩きました。
帰国後も消えないサードウェーブスタイルへの想い
ジョニー:2018年に日本に帰ってきたのですが、育児に忙しくてなかなか仕事ができませんでした。
でも、夫から「働け、パートしろ」と言われたため、子供もいるし帰国したばかりなので、不慣れな場所よりも慣れた古巣にパートとして戻りました。
復帰すると、いろいろな仕組みが変わってたんです。
自分がいた頃よりも、商品サイクルが早く2週間に1回くらい新商品が投入されていました。
年齢も上がっているから、必死でくらいついて大変だったんです。
そのようななかでも昔のキャリアがあるから、「マネジメントをやってくれ」といわれて、マネジメントさせていただきましたが、やっぱり大変だなと思いはじめました。
そのようなとき、カリフォルニアののんびりした空気や、あのミニマムななかでやってるサードウェーブのスタイルが本当に懐かしくなってきて。
私は違う道を行ったほうがいいかもしれないと思い始めたんですよね。
でも、いまからサードウェーブのカフェに雇ってもらうのは大変なので、すごくモヤモヤと悩んでいました。
そして、子育てと仕事の両立で、身体を壊すんですよね。
体を壊すとやっぱり心も弱るので、ちょっとノイローゼ気味になりました。
そのような中で「自分の心がふっと軽くなることって何だろう」いうのを考えたときにカリフォルニアにいた時のカフェカルチャーやカフェの風景を思い浮かべるとすごく心が安らぐ自分を発見したんです。
やっぱり、自分のフィールドは、あのミニマムな空間だったんだなというのが分かりました。
焙煎士への道のり
ジョニー:でも育児が忙しい土日は、そっちに時間使わなきゃいけない。
そのような人間が、どうやってこの世界に入ればいいのかいろいろと調べました。
すると、自分はカフェでコーヒーの抽出はしてきたけど、焙煎はやったことないことにやっと気づいたんですよ。
「焙煎かあ、私でもできるのかな」と思いましたが、ホント偶然ですがタイミングよく焙煎を学ぶ機会が巡ってきました。
そこで焙煎の練習をするうちに「私は焙煎ができる」という確信を得ました。
「よし、じゃあ私はコーヒーの焙煎士になる」と決めて、とりあえずそれを売ることをはじめてみようと思い、やっと前に進みました。
オーガニックへのこだわり
ジョニー:次はマーケティングを始めたのですが、どういうところであれば、私が入っていけるんだろうと考えたんです。
そのようなとき、私は別の界隈でアーティストのような活動をしてました。
そこには、自分と同じぐらいの年齢層の女性がたくさんいる場所なんですね。
彼女たちは、コーヒーを飲むことでネガティブな現象が身体におこるから、コーヒーを飲んでいませんでした。
たとえば、「出産を機にカフェインを取るのがしんどくなった」とか、「カフェインを取ると眠れなくなる」とか、そのような悩みが多いことに気づきました。
私が焙煎の修行をしたところは、オーガニックやビーガン、フェアトレードなどを本気で20年以上啓蒙している有名なカフェだったんです。
農薬不使用やオーガニックの生豆を取り扱う人は、あんまりいません。
「私はオーガニックコーヒーを世の中に届ける焙煎士になろう。」と決意して、いろんな焙煎のスタイルを学びました。
結局いろいろ試しましたが、いまのところは手回しの焙煎に落ち着いたんですよ。
本当は、もっと大きい焙煎機も視野には入れてますがいまは手回しでやろうと思っています。
というのは、データを取ることももちろん大事ですが、まずはコーヒー豆を感じたいという思いがあります。
五感で感じながら焙煎すると、豆と本当に向きあえるんですよね。
そのような感じですごくアナログな方法で、極めていこうと決めました。
ジョニー流焙煎へのこだわり
ジョニー:私のオンラインショップにも注意書きに書いてありますが、基本的にコーヒー豆は焙煎前に洗います。
自分の体感になりますが、洗うことによって胃がムカムカするのを抑えられる気がしてます。
エビデンスがないため、余談として聞いていただきたいのですが、実際に何人かに飲んでいただいて、結構、ポジティブな反応がかえってきたんですよ。
洗うことによって、コーヒーのエッジな風味も落ちますが、すっきりとした味わいと飲みやすさが出てきます。
私は、コーヒーを何らかの理由で離れた人が戻ってくるために「すごく怖いけど、売ってみよう」と始めました。
そのようなコーヒーを同年代や、自分よりも年上の層にリーチできたらいいと思うようになって。
そしたら「コーヒーを何らかの理由で離れた人が戻ってきてくれるんじゃないの」ってとこにたどり着いたんですね。
ただ、小さい子供がいますし、子育てしながらできるスタイルとして、お店を持たずにオンラインとポップアップイベント、インスタライブなどでやるコーヒー屋になろう、と思いました。
北野:僕たちがお店をやっているのも、豆だけで買うのではなく、ロースターさんの魅力を知ってもらい、「人」で買ってほしいという思いがありました。
子育て世代やカフェインを気にしてる人は、絶対多いと思うので、ジョニーさんの人柄を通じて、興味を示す人がいるだろうと感じました。
サードウェーブのお店に興味はあるけど、入りにくい人は絶対いると思います。
ジョニー:そうですね。
北野:ジョニーさんのように気さくだけど、ミニマムでシンプルでおいしいコーヒーが飲めるというのは、人で選んだところもあるはずなので、凄い徳だなというのは感じました。
ジョニー:ありがとうございます。
今あるコーヒーが自分の子供が大きくなって飲めるコーヒーであってほしい
自分の子供が大きくなっても飲めるコーヒーであってほしい
北野:ジョニーさんの今後の展望について教えてください。
ジョニー:超壮大なのは、いまあるコーヒーを自分の子供が大きくなっても飲めるコーヒーであってほしいなという部分に集約されます。
コーヒーも2050年問題とかがありますが、価格も上がってるし、地球環境的にコーヒーの栽培が難しくなってきてる。
いま、ここにあるコーヒーが、50年後も自分の子供が飲めたらいいなと思ってます。
そのためには、いま取引してる農家さんたちが、私たちを信頼して、「ジョニーが買ってくれるなら、頑張って作るよ」と言ってもらえるような関係構築をしっかりしていかなきゃいけないと考えています。
生産者さんのためにできること
ジョニー:私が取り扱ってるコーヒー豆は、北九州のコーヒー屋さんから買っています。
穫れたものをすぐに送ってくれるのですが、品質の波がすごくあります。
それでも、同一価格で購入するという信念の元、ずっとやってるから、生産組合の人々も「あんたがそう言ってくれるならがんばるから」と、期待に応えて作ってくれるんですよね。
その期待に応えたいという生産者の熱い思いで、品質がどんどん上がってきています。
そのようなコーヒーであり続けないと、50年後は飲めないかもしれません。
先ほど北野さんもおっしゃっていた、人間の魅力の話にも通じますが、カフェの空間を提供する私たちが、生産者さんたちの努力をどう伝えるかが大事です。
いろんな努力の果てに、自分の子供が同じようにおいしいコーヒーを飲んでるって世界につながっていくと思うんです。そこが目標かな。
そのためにはその環境を守っていかないといけないし。
あと、中期的には息子が、私のカフェでバイトしてくれたら楽しそう。
「ちょっと、あんたバリスタでバイトしてよ」みたいな感じで、バイトしてくれるような空間が持てたらいいなというのが中期的なビジョンですね。
さいごに
大手コーヒーチェーンで活躍し、エキサイティングな日々を送っていたジョニーさんが、ミニマムでオーガニックにこだわった焙煎士になったお話を楽しく伺いました。
50年後、子供たちがいまの私たちのように当たり前にコーヒーを飲める世界になることを目指す、すばらしい目標のために活動するジョニーさん。
「いま自分ができることはなんだろう」少しだけ、足を止めて考えるきっかけをいただきました。
本日はありがとうございました。